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水産増殖学研究室
NEWS
写真1 涛沸湖の鳥たち

2008年3月23日

ハングリー

 いろいろな研究テーマを考える中でふと思い立ち、涛沸湖に行ってきました。前の記事でも紹介した、ラムサール条約登録の海跡湖です。水鳥がたくさんいました(写真1)。
 あいにくの天気でしたが、人もたくさんいて、親子連れで楽しむ人、バードウオッチングを楽しむ人、それぞれが涛沸湖での休日をすごしていました。
 白鳥の餌(パンの耳)が売られていて、親子が白鳥やウミネコ、カモ類にあげています(写真2)。白鳥はもともと植物質の餌が中心で、水草やアマモなどを食べています。よく水中に顔を突っ込んだスタイルを見かけますが、あの姿勢はそうやって水底のものをあさっているのです。
 しかし、パンを持つ人の手を見るけなげな顔(写真3)…、学生時代、お金がなくてパン屋でパンの耳を買って食べていたあの頃の自分を、思い出しました。

写真2 餌をもらう白鳥 写真3 ジッと手を見る白鳥
写真1 南国の空

2008年3月19日

盃も見たかった

 出張で福岡に行ってきました。気温差は10℃ほどですが、私にはとても暑く感じられ、ずっとYシャツ1枚でいました。福岡は実は初めてだったのですが、とても大きな街ですね。
 帰りの時間までの合間に福岡市博物館に行きました。博多の歴史をみて、ここが日本と世界をつなぐ玄関だったことを再認識できました。また、大杯の酒を飲みほして福島正則から槍をもらった黒田氏の武将、母里太兵衛の、その槍も見ることができました。
 写真1は、壱岐・対馬へ向かうフェリー乗り場に向かう道、写真2・3は博多港の様子です。

写真2 博多港の様子1 写真3 博多港の様子2
写真1 発表する宮津さん
写真2 卓上の涛沸湖

2008年3月14日

Quo vadis?

 網走4湖沼といえば、能取湖・網走湖・藻琴湖、そして涛沸湖のことで、これにリヤウシ湖を足して網走5湖沼ともいいます。どれも沿岸海跡湖です。
 先日、涛沸湖の環境保全についての話し合いに参加してきました。涛沸湖はラムサール条約に登録されているように、渡り鳥、水鳥がとても多い湖です。冬は特に白鳥が多いですね。
 自然が豊かな、と思いますが、話し合いに参加して、いかに自然が変化してきたのかを痛切に感じました。この話し合いは涛沸湖を抱える網走市と小清水町の主催ですが、現地の住民、街の人、農業、畜産、水産、観光などなど様々な立場の人が参加しています。
 私が参加したグループは主に「水関係」の方々と一緒でしたが、生まれ育った場所が涛沸湖沿いの町というご年配の方々がいて、いろいろなお話を聞かせてもらいました。
 「昔は水深が10数mあった(今は2mもない)」、「涛沸湖をふさいでいる砂丘の砂浜は、海へ向かってかけっこ遊びができるほど広かった(今は陸から波打ち際までほんの少し)」「シジミはとれなくなった(今はカキ養殖をしている)」「流入する川の幅はずっと広くて、よく泳いで遊んだ(今は川が直線化し、水量も減った)」などなど、この50年間で涛沸湖がどういう変化をしてきたのか、思い知らされました。
 変化してきたのは日本、世界全体の自然環境も同じです。涛沸湖も例外ではなかっただけです。そもそも時間とともに変化しない自然はありません。一般に湖が陸地化するのは自然な宿命ですし、海跡湖の場合は再び内湾になったり、閉鎖性が強くなったり、地形が大きく変化したりすることも自然にあります。今見ている自然が、未来永劫同じ姿で持続することはなく、必ず私たち同様に寿命があります。
 しかし、人間活動の環境影響は、自然な変化をあらぬ方向へ加速させて、自然の寿命を短くしたり、絶命させたり、自然界には本来ないものを生み出したりしています。
 これまでの50年間に汗を流してやってきたこと、これからの50年間で汗を流してやっていくべきこと、私たちは長期的な思考と行動ができるでしょうか。

写真1 発表する千葉先生
写真2 会場の熱気
写真3 飛行機からの眺め(奥に斜里岳)

2008年3月11日

価値とは何か

 H19年度の「知床世界自然遺産生態系調査報告会」が昨日札幌で開催され、参加してきました。主催は環境省です。
 朝9:30から夕方18:00まで、陸上動植物、エゾシカ、海域、河川、社会の各分野合計32件の調査研究成果の発表、18:00から今後の調査計画の打ち合わせ、その後懇親会、と朝から晩まで知床漬けでした。
 アクアバイオ学科からは、塩本先生、小林先生、千葉先生、私(園田)の4名が参加、引き続き、知床世界自然遺産の調査研究にたずさわります。写真1は発表する千葉先生、会場には約50人近くが参加して熱気にあふれていました(写真2)。
 知床半島は、オホーツク海の南端に突き出た半島です。国際自然保護連合(IUCN)の評価を受け、国連教育科学文化機関(ユネスコ)認可の「世界自然遺産」に登録されたのは2005年7月のことで、これまで約2年半が経過したことになります。
 世界遺産となった知床をどのようにして保全、管理していったらよいのか、という大きな問題は、環境省が設置した「知床科学委員会」という場で検討されています。
 保全や管理計画をつくって実行していくには、知床生態系の実態を正確に把握しておく必要があります。そこで、陸上、海域、河川、社会の各分野にわたって様々な調査研究が進められているわけです。
 驚くべきことに、海岸にどんな動植物が生息しているのかという、極めて基本的な情報が欠けているのが実状です。以前の記事でもたびたび紹介してきましたが、当研究室では、海岸の無脊椎動物の調査研究をこれまで2年間実施し、その結果80種以上を確認できました。調査は今後も継続するので、最終的には100種以上の生息が確認できるでしょう。今後の調査もますます楽しみです。
 知床は「世界遺産」となり、多くの人の関心を集めていますが、私たちが住んでいる場所の身近な自然も、かけがえのない大切なものです。私達が普段生活し、働く場所の自然環境と動植物の保全・管理も、知床同様の価値を持っていると思います。私にとって「自分の自然遺産」は、小さい頃に遊んだ故郷の海岸や山だなあと、帰りの飛行機から窓の外をながめて、ふとそういうことを考えました。

写真1 窓の景色

2008年3月8日

春の気配

 写真1は大学内のとある場所の、私が好きな窓の風景です。手前にシラカバがあり、奥の林のすき間から網走湖が見えます。もっと林に近づいて見たのが写真2(中段左)です。どこが網走湖かわかりますか?
 窓枠は様々な景色を額縁にはめた絵のようにします。一息ついて窓の外を眺めた時に見える景色が、ここではご覧のような絵になっていて、私はとても好きです。私は景色を眺めるのが好きで、電車や飛行機に乗ると読もうと思って本を取り出しても、結局窓の外をじーっと見ていることがしばしばあります(仕事しないでいつも窓の景色を眺めているわけではありません、念のため…)。
 今日はとても良い天気です。しかもとても暖かいです(気温は5℃)。2/24記事で紹介した回廊は雪がなくなっています(写真3:中段右)。構内につもった雪の厚みも何となく薄くなってきたような感じがします。
 それでも、まだ中庭はご覧のとおりです(写真4:下段左)。ところで、これじゃ人は通れないじゃないかと思うかもしれませんが、心配いりません。冬の間は主要幹線は除雪して確保しています(写真5:下段右)。毎日の雪かき、本当にお疲れ様です。

写真2 網走湖 写真3 回廊
写真4 雪で埋まった中庭 写真5 通り道
写真1 能取湖畔パーキングにて

2008年3月2日

青い白

 能取湖の湖口は護岸で固められて通常はオホーツク海の海水が潮の干満に応じて出たり入ったりしています。冬の間はどうなるでしょうか?
 能取湖へ行ってみるとたくさんいた釣り人がちょうど引き揚げるところでした(写真1:上段左)。湖口の方へ行ってみると、氷でびっしり埋まっています(写真2・3:中段)。でも結構すき間があって降りたらやばそうです。実際、青々とした海水が見えました(写真4:下段左)
 帰ろうと海を見ると、あれ、青いな…(写真5:下段右)。流氷と太陽の光が作り出したとても美しい青だと感じました。

写真2 能取湖湖口 写真3 能取湖口の護岸
写真4 氷の下 写真5 青く白い海
写真1 Good smile

2008年2月27日

一期一会

 一生に一度限りの機会という意味ですが、日常生活を含めて今起きていることが将来全く同じ状態で繰り返すことは厳密にはないといえますから、そういう意味では目の前に今起きている、自分がしていること全ては一度きりの出来事といえます。
 進化生物学は、「その時とまったく同一の状態に戻って再現してみる」という実験を行うことができません。物理学や化学の実験では無いことです。しかしこれは非常に大きな特徴で、進化生物学は「歴史性」を持つ対象を研究している、といえます。歴史性を持つ対象は生物だけでなく、地球、惑星、宇宙など地学、天文学の研究対象もそうです。
 昨日は臨海センター隣の水産科学センターで、地域の水産関係者の前での修論・卒論発表会でした。一期一会の日だったと思います。みなさん、おつかれさまでした。

写真2 皆川さん発表 写真3 秋山君発表
和田君発表

2008年2月25日

動物の行動には

 意味があります。どうしてそういう行動をするのか、を問う動物行動学は非常に面白い学問です。行動に関する研究は進化、生態、生理、心理や無脊椎動物から人間まで幅広いテーマと研究対象があります。
 例えば夜型の人、朝型の人いますね。昼夜逆転型もいるかもしれません。が、人間にはもとから備わる体内リズムがあります。時差があるような外国に行った場合、最初は眠くてもしばらくすれば現地のリズムに慣れます。これには太陽光がキーになっているようです。人は明るいうちに動き、暗くなったら眠るようなリズムを持っているわけです。
 当研究室の和田君は、ホッカイエビの生息場所利用の行動パターンを研究、今日の修士論文発表は無事終了(写真1)。和田君、お疲れ様でした。ところで、ホッカイエビは昼型・夜型どっちでしょう?詳細は当研究室へ!

写真1 雪の回廊

2008年2月24日

一夜あけると

 玄関から外へ出ることができませんでした。まずは「雪かき(snow shoveling)!」です。
 昨夜から今日にかけて、東日本、北日本は強風が吹き荒れています。先ほどニュースでも言っていましたが、東京でも風速20 m以上に達したそうです。天気図を見ると台風みたいなのが太平洋上にあります。西高東低の冬型気圧配置、たくさん雪が降りました。
 雪で埋まった玄関を掘り出し、車を掘り出し、大学にたどり着くと回廊が雪化粧です(写真1)。校舎の中庭もご覧のとおりです(写真2)。研究室に入ると、明日の修士論文発表を控えた和田君がバリバリ準備をしていました(写真3)。おーっ。
 がんばれ和田君!

写真2 雪と校舎 写真3 がんばる和田君
写真1 流氷の砂浜海岸
写真2 波打ち際

2008年2月12日

謎の沼

 北海道オホーツク海側沿岸は「海跡湖銀座」と呼ばれるほど、大小の沿岸海跡湖があります。網走周辺にも大小10近くあります。
 この中で斜里(しゃり)に近い止別(やんべつ)には「ニクル沼」と「涛釣(とうつる)沼」という海跡湖があります。約7000年前は海水の影響を受けていましたがその後は淡水化し、広がる湿原の中に佇んでいました。
 その後、開拓が進み農地が整備されると地下水位が低下して、明治時代には735haあった涛釣沼は現在49haで1/15になりました。沼とともに周辺の湿原も小さくなりました。それでも水辺にはまだ湿原があるので、数多くの鳥の休み場になっているようです。
 2006年9月の記事でも紹介しましたが、沿岸海跡湖や砂浜、汽水域など「陸と海が出会うところ」に私は興味があります。さて、涛釣沼ですが、夏に海への流出水路は確認したものの、まだその姿を見たことがありません。凍っているはずですが、逆に言うと夏よりアプローチしやすいはずだ、ということで海岸をスキーシューで歩いて沼を目指しました(写真1)。
 波打ち際には流氷が上陸(写真2)、砂浜は雪で覆われ、その下の砂は凍っています(写真3)。砂浜にも多くの生物がいますが、この時期はいったい?極めて素朴な疑問に捉われ浜を行ったり来たりするうちに、日没が近づき(写真4)沼へのアプローチを断念。ああ、またか…。ところで、JR止別駅食堂のラーメンはなまらうまい、らしいですが私はまだ食べたことがなく、したがって沼もラーメンも私にはまだ謎です。

写真3 雪の下の砂浜 写真4 ああ日没
写真1 こまば木の広場から見た流氷

2008年1月29日

丘の街

 流氷が来ました。

 写真1は、網走の駒場地区といって、大型?店舗が立ち並ぶ賑やかな場所のすぐ裏手にある「こまば木の広場」という森林公園から眺めた風景です。先週は海原が広がっていましたが、今は流氷でぎっしりと埋まっています。
 この森林公園は丘の上にあり、公園の端っこは崖になっていて、そのすぐ下は海岸、オホーツク海です。駒場地区の市街地は公園がある丘の上に広がっています。網走は「丘の街」です。網走川が流れている場所がベースで、そこから何段も丘が積み重なっています。一方、海底に入っていくと、ここにもなだらかで広い丘の台地があります。そこはホタテガイ、ケガニをはじめとするオホーツク海のみなさんの住みかになっています。
 このような特徴ある風景、自然、そして歴史がある網走は数多くの映画の舞台にもなっています。みなさんは見たことがありますか。私は「男はつらいよ」の寅さんシリーズ第11作での、網走川沿いの船着き場で、寅さんとリリーが語り合うシーンが印象に残っています。

写真2 鱒浦漁港 写真3 広場の夕暮れ
写真1 海岸を覆う流氷(飯田剛史撮影)
写真2 チャシコツ調査中
写真3 干出する貝

2008年1月24日

同じ種でも中身は違う?

 日本の人は「網走」と聞くと、口々に「寒い寒い」とみな同じことを言います。さらには、寒い=辛い、暗い、だから面白くない、というようなネガティブなイメージを持っている人も結構多いようです。でもそれは、浅はかな思い込みかもしれません。
 実際に住んでみると、この寒さも大した苦ではないものです。むしろ「異常に暑い」と言いながら大都会で生活するよりは、着込めば良いだけ、寒いほうがマシかもしれません。少なくとも、一生、寒い=面白くないと思い込んだまま人生を終えるのなら、それはちょっと寂しい気がします。
 寒い=面白いことは多々あるのですが、水産増殖学的に面白い話を少々。網走の1月は、海氷の季節でもあります。この季節、我々の研究フィールドである潮間帯(海と陸の間)はしばしば凍結します。しかし、その氷の下にはベントス(貝類や甲殻類)がしっかり生きています。驚くべきことは、その中には亜熱帯にまで生息している種もいます。形態はもちろん、成長期間が違うであろうに、大きさまで、北と南に大した差はありません。
 貝や甲殻類は変温動物ですから、外気温、水温で体温が変化してしまいます。寒ければ当然動きは鈍ります。しかし、生息場所が潮間帯であれば、ヘビやカエルのように冬眠するわけにも行かないようです。では、亜熱帯にまで分布しているような貝は、どうやってこの厳しい寒さを乗り切っているのでしょうか?常夏の海岸で生息している貝を、真冬の網走に連れてきても、ちゃんと生き残るでしょうか?
 今回ここで話したことは、表現型可塑性、あるいは局所適応という進化生態学の分野に関係してくる問題です。では、進化が水産増殖にどう関係あるのか? 関係は大いにあります。たとえば、これは移植放流の問題に発展していきます。つまり、南で育てた稚魚などを、北に放して果たして効率的に増殖するでしょうか? 我々は無駄な水産増殖を行っていないでしょうか? ひょっとしたら、移植先で遺伝的な撹乱さえ起こしかねません。水産物といえ生物に変わりがありません。つまり、水産物も進化の産物です。このことを気にしている水産学者は、日本はもとより、世界中でもまだ多くありません。
 東京農大の水産増殖学研究室は世界の最先端を行っています! と言ってしまって自らプレッシャーを与えることにします。研究室のみなさん、頑張って行きましょう!!

写真1 シジミいろいろ
写真2 砂浜で海と湖が隔てられる
写真3 沿岸海跡湖

2008年1月12日

大シジミ

 日本列島にはもともと5種のシジミが住んでいます。
  ヤマトシジミ Corbicula japonica
  セタシジミ Corbicula sandai
  マシジミ Corbicula leana
  ヤエヤマヒルギシジミ Geloina erosa
  リュウキュウヒルギシジミ Geloina expansa

 ヤマトシジミの学名がアメリカの貝類学者Temple Primeによって命名されたのは1864年、今から144年前のことです。その後、1938年に発表された論文で日本貝類学会初代会長の黒田徳米博士は日本産シジミ類として15種類をあげ、分類学的検討を行なっています。しかし、その後シジミ類の遺伝情報などに関する研究成果により、Corbicula属3種、Geloina属2種の計5種であることがあきらかにされています。シジミは地方や環境による貝殻の形や色の変異が大きく、そのことが黒田博士を悩ませた原因だったと思います。

 ところで、写真1を見てください。貝が置いてある台のマス目は1cmです。右上のシジミは殻の長さ(横方向)が6cm近くもあります。一方、左上の黒いシジミ、だいたい2cm少しで、一般的みそ汁サイズくらい、左下の黄色のシジミも同じくらいのサイズです。右と左ではずいぶんサイズが違うと思いませんか。

 生物の成長は、体外の環境条件と体内の成長プログラムとの相互作用で生物体の物質量が増加することです。同じ種でも大きなのもいれば小さなのもいるし、縦長だったり、横長だったり、扁平だったりと色々なバリエーションが生まれます。しかし、住んでいる場所によって顕著な違いがある場合は、なぜそのような違いが生まれるのかは、非常に興味深い問題です。

 先に挙げた5種のうち、ヤマトシジミは海と川が出会う汽水域に住んでおり、サハリンから九州まで広い範囲に分布しています。セタシジミは琵琶湖水系の固有種、マシジミは内陸の小川などの淡水域に住んでいます。ヒルギシジミは南のマングローブが生えている所にいます。実は写真1には2種類のシジミが写っており、そのうち1種(黄色のシジミ)は外来種と思われます。近年の問題は、このような外来シジミの侵入と分布拡大です。

 たかがシジミと人は言うが、されどシジミ。ヤマトシジミがいるところには豊かな汽水域があります。今後、形態や成長などの地域差をはじめ、様々な研究テーマに取り組んでいく予定です。ところで、写真2は砂浜を境に左が海、右が湖でヤマトシジミが住めるような汽水湖、沿岸海跡湖です。写真3はその沿岸海跡湖を砂浜から見たところです。明日の朝はシジミのみそ汁を味わってみませんか?


写真1 小樽運河
写真2 榎本武揚
写真3 小樽市街

2008年1月4日

新年の発見

 新たな年を迎えました。

 お正月は大学も休みです。教職員も学生もそれぞれの冬季休暇をとります。もちろん、大学には越冬隊もいて卒論や修論の追い込み、北海道の冬を満喫、帰省するお金がない…、切っても切っても襲いかかってくる雑用とまた戦う…など、人それぞれに色々あります。

 小樽に帰省してきました。元日に街を散歩しました。写真1は小樽運河の眺めです。小樽は札幌から快速電車で約30分の北海道を代表する港町の一つです。大正から昭和のはじめ、小樽は北海道最大の物流の拠点、商業都市として人・物・金が集中した時代がありました。

 小樽の街にはその時代の建物等がたくさん残って観光資源になっており、運河もその一つです。ところでアーケード街を歩いていると写真2のような垂れ幕?が目に入りました。榎本武揚です。榎本武揚は東京農大の創始者ですが、小樽とどういう縁があるのでしょうか?

 調べてみると、榎本は函館戦争に敗れた後、北海道開拓使を務めましたが、その時に小樽の街並みの基本をつくる仕事をしていました。また石炭積み出し港としての重要性を説き、北海道初の鉄道敷設につなげました。写真3は、小樽天狗山(532.4m)から眺めた、榎本が街づくりに関わった小樽の街並みです。前方の海は石狩湾、日本海です。小樽港は各地を結ぶフェリーの拠点でもあり(舞鶴・新潟など)、かつてはサハリン・樺太との定期航路もありました。

 今年は、榎本武揚(1836〜1908)没後100年を記念する事業が各地で開催されるようです。ここ網走でもあります。思いがけず、榎本の北海道開拓にかける情熱に思いをはせた新年のはじまりでした。

 みなさま、今年もどうかよろしくお願いいたします。

写真1 田村先生 水産増殖学
写真2 サハリン・ブッセ湖の夜明け

2007年12月30日

新年に向けて

 今年もあと1日となりました。知床やサハリンでの調査、網走湖や網走川水系流域問題への取り組み、能取湖の青潮などいろいろな事がありました。
 さて、今年はアクアバイオ学科が立ち上がってから2年、来年は3年目を迎えます。そして、いよいよ来年4月から研究室にアクアバイオ1期生が配属になります。研究室配属になると、実験やゼミ、卒業研究の準備など研究室で過ごす時間も長くなります。また、3年目の専門科目の講義も数多くあります。
 増殖研の3名のスタッフは計8つのアクアの講義科目を担当していますが、その1つに3年生対象の水産増殖学という科目があります。日本では水産増殖学というタイトルの講義はおおよそ15大学で行われています。
 さて、水産増殖とは何でしょうか?「水産増殖」という言葉は何となく目にしたことがあるかもしれませんが、ちゃんと説明するとなると、どうでしょうか。
 写真は北大名誉教授の田村正先生(故人)が昭和31(1956)年、今から51年前に書かれた水産増殖学という専門書です。実はこのタイトルの講義が各地で行われていても、このタイトルの本というのは意外にありません。
 田村先生は「水産増殖とは、有用水産生物の生産を増すために人為的に行う施策のことであり、その方策は養殖と繁殖保護である」と述べられています。
 「養殖と繁殖保護」とは、水生生物の繁殖システムの解明・制御、ならびにその生態と生息環境の解明・保全、と言いかえることができます。私たちの研究室は生態学や進化生物学をベースとした「新しい水産科学」を目指していますが、水産増殖学を学ぶ上でも、原点を見失うことなく、かつ新たな視点・広い視野から、今の私たちに要請されているテーマに取り組んでいきたいと考えています。
 さて、写真2は今年行ったサハリン・ブッセ湖の夜明けです。将来的にはさらに北を目指して、オホーツク海をぐるっと回るような調査ができれば…と考えています。それでは、今年1年、本当にありがとうございました。来年もどうかよろしくお願いいたします。良いお年を。

写真1 オシンコシンの滝
写真2 岩尾別川
写真3 羅臼岳、知床連山

2007年12月

世界遺産の河川の現状

 先月のことになりますが、アクア2年生の実習で知床に行ってきました。実習のテーマは”世界遺産・知床の河川の現状について学ぶ”です。
 大学からバス2台に分乗して、目指したのは知床半島のウトロという街です。大学から1時間半少しでウトロに到着です。写真1はウトロに着く前に立ち寄ったオシンコシンの滝での休憩時間の様子です。
 まず、ウトロにある知床自然センターで、知床財団の野別研究員に、知床の河川の現状についてご講演をしていただきました。その後、実際に岩尾別川の見学に行きました(写真2)。天気に恵まれて羅臼岳をはじめ雪をかぶった知床連山の姿をみることができました(写真3)。今回お世話になった知床財団は知床半島の自然環境の保全・調査研究・普及教育活動を行っている組織で、みなさん本当に一所懸命に活動されています(知床財団HP)
 知床半島には数多くの河川がありますが、知床連山という背骨から海へ向かって急峻な地形を流れ落ちていくので、いわゆる普通の河川の「上流域のまま」海とつながっているという特徴があります。
 そういう川へ、9月記事にも書いたようにカラフトマスやサケが遡ってくるわけですが、まさに海洋生態系から陸上生態系へ「タンパク質(物質)が移動(循環)して」おり、それが知床の自然を特徴づける大きな要因にもなっています。
 一方で、大雨が降ると激しい土石流が起こり、まさに岩がドカドカ襲いかかってくるような荒々しい自然があります。川の下流で生活する人間にとってたまったものではありませんし、たびたび深刻な被害にあってきました。そういうわけで、実は知床半島の川という川に300基以上の小型ダムなどの川制圧装置が設置されています。
 知床連山という地形・地質を背骨と心臓とし、血管網のように張り巡らされた川は、知床の動植物と人間に計り知れない恵みをもたらしていますが、人間の生活から見れば抑えなければならないものでもあります。
 しかし、ただ力ずくで抑え込むだけでは、河川流域生態系が本来持つ「健康」を低下させ、ついには生態系サービスが低下してしまいます。「我々人間は川とどのようにつきあっていけばいいのか」、これが今回の実習のレポートの課題です。
 実は今月、北海道主催の放送大学講座で「海跡湖」をテーマに流域の問題を取り上げました。放送ではキャンパスに近い網走川水系を例にお話しさせていただきました。インターネットでも見ることができます(ほっかいどう学HP)。地道にこの問題に取り組んでいきたいと思っています。

サハリン航空
ブッセ湖の朝
サンプル測定中

2007年11月

ゆきゆきてサハリン

 10月末にサハリン南部のブッセ湖で、沿岸動物相調査を行って来ました。当初の目的は、サハリン沿岸の動物相やそれらの生態、生活史などを、知床半島と比較することでした。しかし、いざ旅行計画を煮詰めだすと、ロシアの法律上の問題など数多くの困難に直面してしまいました。そこで今回は欲を出さずに、まずはその前段階と位置づけて、予備的な調査をしてきた次第です。
 サハリンは北海道のすぐ北に位置していますが、沿岸生物相に関してはほとんど明らかにされていません。知床世界自然遺産でさえそうなのですから、これは想像に難くないことでしょう。とはいえ、生物相を理解するということは、漁業をやるにしても、環境保全をやるにしても、何を差し置いてもまずやるべき仕事だと、我々は考えています。
 「サハリンには北海道が失った原生がある」という人は大勢います。しかし、実際に生物を手にとって見ると、話はそんなに感傷的なものでも、単純なものでもないように感じました。感じたことを実証するのが研究者の仕事ですから、本当の調査はこれからになります。

写真1
写真2
写真3

2007年10月

サケの増殖事業に関する実習

 去る10月1日から2泊3日の日程で日本海側の留萌市の近くにある増毛町に生物生産学科水圏環境学研究室3年生の実習に行ってきました。増毛漁業協同組合の指導のもと、シロザケの捕獲、採卵、受精までの過程を実習してきました。また、北海道立水産孵化場道北支場の施設も見学させて頂きました。
 増毛町を流れる暑寒別(ショカンベツ、アツカンベツと読んだ学生がいました)川で捕獲したシロザケは、採卵場の池で、成熟まで一時的に蓄養されます。十分成熟したら、池からサケをタモ網で採り、コンベアに乗せ採卵施設内に運びます(写真1)。施設内ではすぐに腹を開き、卵を取り出し(写真2)、乾導法と呼ばれる方法で受精させます。その後、道立水産孵化場道北支場に運ばれ、春の放流まで大切に育てられます。
 今回の実習で30万粒の卵を受精させたそうです。これらの卵が放流まで成長するのは約3分の2だそうで、20万尾が放流され、4、5年後にはその内の約4%が帰ってくるので、実習を行った3年生たちは約8000尾のシロザケの親になったわけです。
 写真3は帰りの休憩ポイント、神居古潭(カムイコタン)です。地名はアイヌ語で神の住む場所だそうです。1960年代まで吊り橋の対岸には現在サイクリングロードとなっている旧函館本線が走り、神居古潭駅がありました。この旧駅舎は復元され、今は休憩所として開放されています。石狩川の神秘的な流れと古い駅舎はとても良い雰囲気です。近くを通る際には是非立ち寄ってみて下さい。
 末筆となりましたが、今回お世話になりました、増毛漁業協同組合様と北海道立水産孵化場道北支場様に厚くお礼申し上げます。

ルシャでの調査風景
クマを眺める調査隊員
夕暮れの阿寒湖

2007年09月

問題は人間にあり

 8月27日から9月3日にかけて、今年度最後となる夏の知床調査に行ってきました(写真1)。これまで同様、羅臼やウトロの基地から半島の各調査地点へ船で移動したり、岬先端部でキャンプしながらのフィールドワークです。去年から始まった知床海岸調査ですが、これまで印象に残った事の一つは、世界遺産、手つかずの自然というイメージの知床も、旺盛な人間活動の範囲内にあるんだということです。ただ相対的に、自然度が高いのは確かです。
 今回はルシャという知床ヒグマ国の首都にも行きました。首都だけあって密度が高く、ルシャ川をさかのぼってくるカラフトマスをねらうクマに何頭か会いました(写真2)。遡上するマスの数はすごいもので水が真っ黒に見えます。クマにとっては願ってもないごちそうであることが実感できました。また、このような風景を沖の観光船からたくさんの人が眺めていました。世界遺産として私たちが知床の自然とどのようにつきあうのか、普遍的で重要なテーマだと、知床に行くたびに思いが強まります。
 写真3は雄阿寒岳7合目付近からみた夕暮れの阿寒湖です。マリモで有名な阿寒湖ですが、ワカサギ漁業も営まれています。周囲には摩周湖、屈斜路湖など有名なカルデラ湖や堰止湖がたくさんあります。湖はいつ見てもあきないものです。ここには知床をはじめとして、本当にたくさんの特徴ある自然環境があります。そうした自然にすぐに触れられるのが網走、オホーツクキャンパスです。本当に恵まれたところだとつくづく思うと同時に、人間と自然の関係をじっくり考え、学び問うことができる場所だとも思っています。

潜水準備中
移動中その1
移動中その2

2007年08月

潜って観察

 研究の手法というのは、調べる対象や目的に応じて大きく異なります。動物の生態を研究する場合は、野外での調査・実験は欠かせません。野外では、机上ではなかなか想像できない多くの発見をもたらしてくれます。
 水産増殖学研究室では、生態学から考える水産増殖を目指していますので、野外で調査・実験を行うことが少なくありません。研究対象が水中にいる場合がほとんどですから、ときには潜って観察することもあります。陸上からは決して見ることのできない面白いドラマが、まさに水面下で展開されています。
 この日は、能取湖のアマモ場で、ホッカイエビ(北海しまえび)を観察・採集しに出かけました。赤旗を持って泳ぐ様は、多少奇妙ですが、やっている当人は大真面目です。そうそう、野外調査にはマナーも重要です。このような調査は、北海道の特別採捕許可および漁業協同組合の承諾を得た上で行っています。地元の役に立つ研究を行いたければ、まずは地元の皆さんの理解を得ること、これが私たちのモットーです。

いざ観測地へ
装置回収中

2007年07月

オホーツクのほたて研究

 日本全国に流通しているホタテガイ(ほたて)の60%近くが、オホーツク海産です。さらに、あちこちの地域で養殖対象となっているホタテガイの多くも、元々はオホーツクから出荷されています。言い換えれば、ホタテガイを安定して流通させるためには、オホーツク海はとても重要な海域なのです。それだけに、古くからホタテガイの研究はオホーツクで盛んに行われており、先人たちによる研究成果は世界的にも大変有名です。
 そんなホタテガイですが、彼らがいつ、どこで何を食べているのか、実はよく分かっていません。意外だと思いませんか?海産生物の研究は、いくら古くから研究されていると言っても、まだまだ分からないことだらけなのです。
 我々は現在、西網走漁協の協力を得て、能取湖(海水の湖)に大規模な装置を沈めて、ホタテの成長観測と食性解析を行っています。この装置では、水深と季節ごとに、ホタテガイが何を食べて、どれくらい成長しているのかが、分かるようになっています。どんな結果が得られるかとても楽しみですし、何より、未来のホタテガイ漁業に貢献できると思えば、やる気も倍増です。

ヒグマ
調査風景

2007年06月

春の知床調査

 水産増殖研究室では、昨年度から環境省の委託を受けて、知床半島世界遺産区域の海岸動物の調査を行っています。これまで全く調べられてこなかっただけに、全く白紙の状態から、いつ、どこに、どのような動物がいるのかを記載していく調査です。
 世界遺産区域には、珍しい海産動物が多数いますが、あまり出会いたくないヒグマも多数います。観光地で出会うと思わず嬉しくなるヒグマですが、手付かずの自然の中で出会うと、それは動物同士の対峙です。熊を熟知した知床財団のスタッフ(野別貴博さん)の指導の下、安全に配慮しながら慎重に調査を進めています。写真上は、知床岬先端でであった熊。写真下は、調査を終えて国後島をバックに散歩中。

ホッカイエビ
実験器具

2007年05月

良い子、悪い子、普通の子

 オホーツク海の5月は、様々な動物の幼生がふ化する誕生の季節でもあります。一般に海底に棲む貝や甲殻類は、ふ化した後のある期間、浮遊幼生(プランクトン)として海を漂います。最初は似ても似つかない幼生ですが、徐々に親に似た形になって着底します。
 しかし、ホッカイエビ(北海しまえび)の幼生はちょっと変わっていて、エビの形でふ化し、漂うことなく着底します(写真上)。そのような着底できる幼生を産むために、母エビは9ヶ月もの間、ずっとお腹に卵を抱えて育てています。この母親の負担たるや、他の海産動物よりも遥かに大きいはずです。見方を変えれば、母親の質いかんで子供の質が大きく変わってしまうかもしれません。私達は、良い母親ほど良い子供を産めるのではないかと予測し、母親の質と子供の質の関係を調べています。

模様替え

2007年04月

新年度はじまる…研究室の模様替え

 水産増殖学研究室も2年目を迎えました。今年と来年は生物生産学科旧水圏コースで水野先生と千葉先生に所属の3・4年生が学生実験、演習、卒業論文や修士論文をこの研究室で行います。アクアバイオ学科の3年生が正式に研究室配属になるのは来年4月からで、彼らが4年生となり、アクア第1期生としてはじめての卒論に取り組むのは、再来年の4月からということになります。
 少しややこしいですが、大学生活後半の大切な時間を過ごす場所として、当研究室はスタートから常に学生・院生の熱気にあふれています。そうして実際に新しくできたこの研究室を使ってみると、いろいろな改善点や共通のルール作りなど、思い当たることがたくさん出てきました。
 ということで、まずは学生・院生室の模様替えを行いました(写真)。奥の壁際に院生の机が、手前に4年生用の机が配置されています。しかし、ここが賑わうのは就職活動が終わる夏ごろから…でしょうか。机が出番を待っています。


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 所属教員と研究テーマ

水野 眞 教授 e-mail:

【専門分野】

珪藻類の生物学

【現在取り組んでいる主な研究課題と内容】

珪藻類の系統進化


園田 武 講師 e-mail:  個人ホームページ

【専門分野】

水産生態学、保全生物学、汽水生物学、インパクト・アセスメント

【現在取り組んでいる主な研究課題と内容】

オホーツクキャンパスのある網走周辺は、数多くの沿岸海跡湖や大小の河川があり、それらは沿岸域生態系の大切な構成要素であると共に、地域水産業を支える重要な漁場にもなっています。こうした漁場環境において持続的な漁業生産を確保し、水産資源の増殖を図るためには、まず漁場となっている水界生態系、水界生物群集の構造と機能を解明するための基礎的研究が必要です。そして、生態系と生物群集の定期的な健康診断を実施し、その健康が維持されるような知恵と協働作業が望まれます。「健康な漁場環境こそが、おいしく安全な魚介類を育てる」、この様な生態系保全型漁業の確立のために、下記のようなテーマを設定して研究を進めています。

1)沿岸性ならびに汽水性魚介類の生態学的・自然史学的研究

2)沿岸増養殖漁場の環境保全と生物モニタリングに関する研究

3)沿岸域の生態系定量評価手法に関する研究

4)漁業活動、または人為的環境改変事業が水界生態系に及ぼすインパクトの定量評価

5)河川流域生態系および沿岸域生態系の連関に関する研究


千葉 晋 講師 e-mail:

【専門分野】

進化生態学、水産学

【現在取り組んでいる主な研究課題と内容】

崩壊することのない持続的な漁業に貢献したいと思っています。特に関心をもって調べていることは、進化から考える水産資源(魚介類)の管理です。自然生態系の一部としての「漁業」を考えます。その他には知床・網走の海岸の生物相や、貝類・甲殻類の生物史や行動なども調べています。



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 卒業研究のテーマ
  • オホーツク沿岸に生息する珪藻の分類と進化

  • 培養法による珪藻の生理生態学的研究

  • 能取湖のマクロベントス群集構造と環境特性:湖口開削後30年間の漁場環境変化の研究

  • 網走湖・網走川河口域におけるヤマトシジミの産卵の時空間的パターンに関する研究

  • 漁獲に起因するホッカイエビの生活史変異

  • 貝類の遺伝形質にみられる緯度間変異 〜なぜ、オホーツクの貝類は凍死しないのか?〜


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